おセックスさん

 

「おセックスさん、おセックスさん。僕とセックスしてください」

 

僕たちの学校では、「おセックスさん」という遊びが流行っていた。
「はい」を右側に「いいえ」を左側に書き、その真ん中にちんこの絵を描き奉り、そして下側には五十音が右から書かれている紙と未開封のコンドームを1つ用意し、そのコンドームをちんこの絵の上に置き、その上に皆の人差し指を置く。
そしておセックスさんおセックスさんと、おセックスさんに呼びかけると、コンドームにおセックスさんが乗り移り、僕達の質問に答えてくれるというものだ。
所謂学校の怪談の一つで、ローカルルールや地域によって多少の差異はあるとは言え、どこの学校にでもきっと同じようなものが存在し、誰もが一度は耳にしたことがあるだろうし、あーあの時のアレねと思い当たる節があるだろう。

 

事の発端は誰の一言だったのかも思い出せない。とにかく気づいたら僕たちは今日の放課後におセックスさんをしよう、そういうことになっていた。
教室で机を並べ、僕たちは輪になってそれぞれの人差し指をコンドームにそっと乗せて、声を合わせて唱えた。
「おセックスさん、おセックスさん。おいでになりましたら西の玉袋からお入りください。」
これでおセックスさんを呼び込んだことになるらしい。どうやらおセックスさんは西の玉袋から入ってきて、東へ去っていくらしい。なのでやめる時は、「ありがとうございました、左の玉袋からお帰りください。」だ。
教室内は静まっていて、先ほどとは何も代わり映えがしない。グラウンドの外からサッカーかなにかをやっている声が時折聞こえてくるだけだ。
まあおセックスさんなんて居るわけないよな。そんな雰囲気の中せっかくだしもう少し続けてみるかと一呼吸置いてから、もう一度皆で声を揃え
「おセックスさん、おセックスさん。いらっしゃいましたら「はい」へ進んでください。」
と呼びかける。

セオリー通りならばここでコンドームが動くことになっている。もし本当にコンドームにおセックスさんが乗り移っていれば、だ。そして僕たちはおセックスさんに様々な質問を投げかけることができる……わけだが、所詮学校の七不思議、勝手にコンドームが動くなんてことあるわけがないだろうと、僕達の誰もがそう思ってた。コンドームが「はい」へと動くまでは……。

 

皆の指を乗せたコンドームがゆっくりと「はい」へと動き始め、僕たちは互いにおいやめろよなんて戯れて笑いながら牽制し合う。その間にもゆっくりとコンドームは動きを続け、そして「はい」のド真ん中で動きを止める。もう誰も笑ってはいなかった、そして各々が俺じゃないと首を激しく横に振り主張する。
数秒の沈黙があった後に、誰かが悪ふざけで動かしたわけではないと理解し、度肝を抜かれた僕は、焦りと恐怖に襲われ、思わずコンドームから指を離しその場から逃げ出しそうになった。おそらく皆が皆そうであったと思う。しかし、「待て!!!!」というタクヤの即座の一言で僕たちはなんとか冷静さを取り戻しぐっと堪え、その場に留まることができた。

そう、逃げ出すことは許されないのだ。

 

おセックスさんを呼ぶ際には、おセックスさんがお帰りになるまでコンドームから指を離してはいけないという制約があった。そして、もう一つ、おセックスさんには性に関する質問のみを、一人につき一個しかしてはいけない。という制約があった。おセックスさんは多忙なのだ。

これらを破ったものには呪われ一生セックスが出来ずに悲惨な死迎えると言われていた。
おセックスさんが存在する以上、この制約もおそらくマジなのだろう。セックスをしないまま死ぬなんて絶対に嫌だ。みんながそうだった。もう逃げることは出来ない。僕たちは、互いに目を合わせ互いの意思を確認し、決意を固め、冷静さを取り戻させてくれたタクヤに礼をいい、心して質問することに取り掛かる。

 

まず最初に口火を切ったのはみんなを引き止めてくれたタクヤだ。
さっきの行動といい、どうやらこの中で一番落ち着いているように見える。噂では既に童貞じゃないとかなんとか。非童貞ってすげぇや。
「おセックスさん、おセックスさん。このクラスにパイパンの子はいますか?教えてください。」
上出来だろう。さすがタクヤだ。最初にしてはなかなかのパンチを放った。きっとおセックスさんもびっくりしたはずだ。
コンドームが穏やかに動き始める。「た」そして「ん」へ。
たん・・・?
そして次に「に」を差し、「ん」で動きが止まった。
た、ん、に、ん。担任。
担任!?僕たちは昼に食べた給食を吐いた。そりゃあそうだ。20歳前半の新任女教師が担任だっていうんなら構いやしない。だがしかし、40後半のおばさん教師がパイパンだったらどうしたらいいというのだ。もし今度給食でひじきがでたら思わずうっかり先生の剃り落とした陰毛だ!と言ってしまい、学級裁判にかけられそうだ。知りたくない、知りたくなかった。僕は隣りにいたタクヤを空いている左手で軽く殴った。皆で睨みながら次の質問へとうつる。

 

「おセックスさん、おセックスさん。膣にピアスをしている子はいますか?」
しばらくの沈黙の後、声変わりの真っ只中でカスカスの声のまーくんが恐る恐る尋ねる。なかなか悪くないロックンロールな質問だ。意外と学級委員長なんかがそうだったりするからたまらない。サンキューまーくん、今夜のオカズは学級院長で決まりだぜ!眼鏡越しから馬乗りになって僕を見下す学級委員長、でも性器にはピアス。ピアスだけがひんやり冷たく僕の肌刺激する。いい、最高にいい。
コンドームはゆっくりと動き始める。
「た」から「ん」へ。
皆が顔色を青くさせはじめる。待て待て、夢であってくれ。これは悪夢だ。しかしおセックスさんは非情にも歩みを止めない。
「に」、「ん」
僕たちは胃液までもを吐き散らした。子どもから夢を奪っていく。大人は汚い、何度でも言おう大人は汚い。

 

「おセックスさん、おセックスさん!おっぱいの単位ってなんでしょうか?僕、最近寝る前に考えてるんですけど、どうしてもわかりません!一個でしょうか?それとも房?一房、二房?」
隣に座っている一年中半袖短パンのシンゴがそういう。ああ、こいつはそういうやつだった。アホなのだ。呼ぶべきじゃなかった。今だって左手の小指で鼻をほじりながらおセックスさんに質問をしている。怒り狂ったおセックスさんに呪い殺されればいいのにとそっと心のなかで思う。そんな僕の意思とは反してがコンドームがやや快調に動きはじめる。「ど」「り」「い」「む」
おセックスさんなりのジョークなのだろうか?どうでもよかった。
「どりいむ?ドリーム?ド、ドリームですか!?おっぱいには、夢が詰まってるから……。だからドリームなんですか!?1dr、2drですか!?さすがおセックスさんや!おセックスさんにわからないことなんてないんや!」
クソ以下の茶番で貴重な一回を消費したシンゴのことは後で絶対にシバく。僕たちは鋭くシンゴを睨みつけ、チッと舌打ちをしながら、大喜びするシンゴをスルーして早々とおセックスさんに質問を投げ続ける。

 

「おセックスさん、おセックスさん。フェ、フェラがうまいクラスメートは、だっ、誰ですか!?」
普段は内気なゴローがしたとは思えぬ大胆な質問だ。だがいい、花丸だ。この情報を無事に聞き出せたら明日は給食の時間その子にバナナを食べさせよう。

ゆっくりと、期待に鼓動を早めている僕たちの指先と希望を背負ったコンドームは動く。
「モ」「リ」
嘘だろ……。皆が絶句する。外の喧騒が耳に入ってこなくなるほど戦慄が走った。
確かに森というクラスメートはいる。しかし、”森さん”はいない。いや、まさか、そんな……。
野球少年でリトルリーグでピッチャーとして活躍中のクラスの、いや学校中の女子からモテにモテてる森くんが?……フェラ上手?
えっ?ってことは、なに?木製バッドで森くんは監督に千本ノックと称してスパンキングされたりだとか「オゴォ!かっ、監督バッティング練習もっとぉ!もっとぉ!」とか言っちゃってるの?ペッティングしながら?もうわけわかんねえな。

「監督の金属バット……おいしいれしゅぅ……。」「あぁっ!ホームランです!監督の精液、場外ホームランです、溢れちゃいましゅう!」とか言っちゃってんの?えぇ……。
あまりにも残酷すぎるデッドボールを受けた僕達の士気は完全に下がりきってしまった。森くん、今までありがとう。もしかしたらここに居る僕らは明日から森くんとは疎遠になるのかもしれない。だが僕たちは君がいたということを忘れない……。

 

とうとう僕が質問する番が回ってきた。今までの質問の全てが散々たる結果だった。ここいらでなんとかしておきたい。皆が半ば諦め気味ではあるけど最後くらいは頼むぞ、一矢報いてくれという顔で僕の方を見る。だが僕の質問は既に決まっていた。この話を持ちかけられた時からずっと悩み続け、ようやくひとつの質問を選んだ。僕のすべてと言ってもいいだろう。僕にはこれしかないのだ。ごめんと小さく呟いてから僕は口を開いた。
「おセックスさん、おセックスさん。僕とセックスしてください」

 

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当時、思春期真っ只中の僕はとにかくセックスがしたくてしたくてたまらなかった。
もうかれこれ20年以上前になるだろうか。
幽霊なんて居やしなかった。
だってあの時僕は確かに自分の意思で指にぐっと力を込め「はい」へとコンドームを押し進めたのだから。
現状どうだろう。今年で三十何歳になるのだろうか。
タクヤは誰もが知ってる一流企業で営業マンとして働いている。大学生時代に知り合ったガイコツ剣士みたいな顔のババアと結婚したらしい。マーくんはその筋ではまあまあ名のしれたアーティストとして音楽活動をしているらしい。あのクソ以下の質問をカマしたシンゴは驚くことに東京大学に入り、卒業後は自分のやりたいことを自由にさせてくれるアメリカの企業のもとで研究者として好き勝手にやっているらしい。聞いた話によるとノーベル賞候補とさえ言われているだとか。
ゴローは地元の銀行で堅実に働いている。だが僕は知っている、ゴローの内に秘められた狂気を。あいつの性欲はヤバイ。僕にはそれしか言うことが出来ないが、とにかくヤバイ。
森くんは……森くんはわからない。だがそれでいいのだ。彼が何処でどんな活躍をしていようと。彼は当時から遠い世界の人だったのだから。

 

知人から何年ぶりかに連絡が来たかと思えば結婚しましたという内容であったり、子どもが生まれましたという内容ばかりだ。年賀状には家を建てましたという新築の家を背景にした幸せそうな家族写真。
ところが僕はおセックスさんとセックスどころか、未だに誰ともセックスをしたことがない。しがないその日暮らしのフリーターだ。
何がおセックスさんだよ、学校の七不思議?下らねえ。当時のことを思い出し、自嘲気味にふっと鼻で笑った。

 

当時の出来事を振り返り、懐かしさを後悔混じりに噛み締めている内に、そういえばと、おセックスさんにはすっかり忘れていたがもう一つだけ制約があったのを僕はふと思い出した。
「おセックスさんを呼ぶときに使ったコンドームは最後に質問した人が捨てずにずっと持っていること」という制約だ。
まったく馬鹿げている。子どもだましにもほどがある。一体何処の誰がどういうつもりでそんな制約を考えたのだろう。
そんなもの残ってるわけがない。そう思いながらも、懐かしい思い出の詰まった机の引き出しを十何年ぶりかに開け、中を漁ってみる。
初恋の子のリコーダーの先端部や水泳着、タオルに座布団、箸や教科書に鉛筆にソロバンもある。懐かしい、全部ぼくの青春だ。そして今手元には、先日SNSにあがっていたその子の結婚式での笑顔で写っている花嫁姿の画像がある。どうやらこれからしばらくはオカズに困らなそうだと思わず笑みがこぼれた。

そして、そんな想い出たちと一緒にもれなく奥の方から申し訳なさそうにおセックスさんを呼んだときに使ったコンドームが紛れているのを発見した。まさか残っていたとは。

 

「ふぅ・・・。」
思いっきり、コンドームの中へとぶちまけてやった。おセックスさんが宿っていたはずのコンドームの中へ。僕のすべてを、この二十年間の全てをぶつけた。

おセックスさんは、いたのかもしれない。それでいい。今だけはそんな気になれた。