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庄内緑地公園跡地

コーギーは馬鹿

もう恋なんてしない

去年の5月に書いたものが下書きというページに書き残されていたので、公開したいと思います。なぜ公開されずに下書きのままになっていたのかはわかりません。

 

 

齢三十、最近になってようやく分かった事がある。

それは、僕にはもう恋をする機会がおそらくないであろうということだ。

はいストップ。はい。はいはい、はい。ストップです。ええ、はい。そうです、ええ。仰る通りです。

恋だァ!?テメェの容姿じゃあ無理だろうアァ包茎チンポ野郎!?そう思う方もいらっしゃるでしょう。

はい、わかります。ごもっともです。ですが顔面のことはひとまず置いておきましょうや。でもさ、包茎は関係ないよな?な?そこは反省しような?

もし仮に僕が水中で窒息死寸前のチワワのような顔だったとしても、失敗したもんじゃ焼きのような面構えだとしても、体重が3桁あったとしても、チンポが親指より小さかったとしても、ダルダルのルーズソックス包茎だとしても、肛門に異物を挿入しすぎてダルダルのルーズソックスになっていたとしても、ストッキングを被ったチンポのような顔をしてストッキングを被った顔のようなチンポだったとしても、今日だけは見逃して欲しい。そうしないと話が進まないんだ。

そもそも、ここはインターネットですよ?ええ。誰もが現実を忘れて美男美女でいられる、そういう場所じゃないですか。10代の女の子とセックスができる、そういう場所じゃないですか、インターネットってのは本来。見えない容姿についてああだこうだと言うのは無粋ではなかろうか。自分のことをかわいい女だと言う人がいたら、その人はかわいい女性なのだ。10代とセックスをしたいと言ったら、10代とセックスをできるべきなのだ。

 

ということで、一旦容姿の話は置いておいて、僕にも女性と付き合うことのできるチャンスがあったとしよう。

きっと僕にはもう恋をすることは二度とできないのだろう。

 小中学生時代の同級生が、高校時代の友人が、大学時代の知人がどんどん結婚していき家庭を持つ中、僕だけが取り残されていく。

この感覚。以前にも感じたことのある。自分だけが置いていかれてしまっているような感覚。僕は未だ白線の上でボーッと立ちつくしているというのに、同じスタートラインに立っていたはずの人達がどんどん先へ先へとと走り去ってしまっていく。もう遥か遠くに行ってしまい、追いつくことなど到底叶わない。

 

学生時代に将来どうしていきたいかという進路選択を迫られた時、僕は何も考えることをしなかった。大学受験の際にしても、就職活動の際にしてもだ。

何かしたいわけでもなくなんとなく大学へ入った。そして何もせず4年間を浪費し、働きたくないという思いが強く、どうせ働くならどこだって一緒だろうという気持ちできちんと就職活動をせず、周囲から置いていかれ晴れて僕は無内定で卒業をシュートした。

就職先がないまま卒業したあの時も今と同じような感覚に陥った。僕にはすべてが漠然としすぎていて、周囲が一歩また一歩と進んでいくなかどうすることもできなかった。結婚も然りだ。

 

今まで生きてきて結婚なんて自分とは無縁のものだと決め込んでいたし、深く考えたことなんてなかった。しかし、ここまで同世代の人が結婚していくと、自分は自分他人は他人と言い聞かせていても、頭のどこかでつい意識してしまう。みんな結婚してっけど、これって結婚しないとやべえんじゃねえのかと。いや、そもそも結婚できるのかと。えっ、結婚!?マジ!?えっ!?てな具合だ。

自分は結婚できるのだろうか?それは何度考えた所で行き着く答えは否。

だってそうでしょう?僕が女だったら絶対嫌だよ、こんな男。お先真っ暗とかそういうレベルじゃねえよ。セックスしてたと思ったら女性器ではなくそれはブラックホールで、気がついたときには下半身が飲み込まれていて無くなっていた、みたいなくらいお先真っ暗な話だよ。お先真っ暗っていうかもう膣壁真っ黒だよ、こんなの。何言ってるか自分でもマジで意味わかんねえけど。

そもそも結婚するしないとかできるできない以前に、女性とお付き合いすら満足にできていないのですが・・・。

 

はたして最後に女性とまともに会話したのはいつだろうか。僕に女性と手を握りあった経験はあっただろうか。ていうか女の人と手を握り合うってヤバくないですか?手汗と手汗が交わりあうし、こんなんほぼ我慢汁とマン汁が混ざり合うみたいなもんだし、9割がたセックスしてると言っても過言じゃなくない?はっきり言おう、僕はガッキーこと新垣結衣さんの手汗を採取して乾燥させて結晶にして思いっきり鼻から吸いたい。

そんな僕の一番最近の女の人とふれあった思い出は、キャバクラに行って説教をされたことです。マジでキレそう。

 

というわけで結婚以前に、女性とお付き合いするだとかしないという所にいるわけですが、それにしたってどうしても結婚を意識せざるを得ないということなのだ。

そりゃあ僕が10代だったら別に構いやしない。10代はおっぱい!おっぱいおっぱい!Aカップ!Bカップ!Cカップ!まん汁濃すぎて顔面肌荒れした!まん汁しょっぺ!!みたいなテンションでもオッケーなわけですよ。でももう30ですからね、30。30言うたら男も女も大抵の人がアナルもばっちり拡張済みな年齢ですわ。

ですからもうそんなこと言ってられないわけ。できるできないはともかく、結婚を意識せざるを得ないんですよ、現状。周りの人は結婚してっけど自分はどうなのかなって。セイハロートゥ卵子しなきゃいけないんじゃないのかなと。つまり彼女の端子にサンダーボルト接続しなきゃいけないんですよ!ハァ!!?誰が超高速のデータ転送だって!?ハァ!?!?

そうなると、そうなるとですよ。好きってだけじゃ済まなくなってくると思うんですよ。僕たち男性には札束で頬を何度か叩き相手を服従させる圧倒的な経済力が求められる。もしくは、それに匹敵する何か。容姿、不動産、政界とのコネ、シャブ、暴力、セックス。

相手を好きになった上で、収入、職業、将来性、趣味、交友関係、親や親戚は常識的か、学歴、一つ屋根の下で暮らすにあたり問題ないか、性癖等々、どの点に重きを置くかは人それぞれだとは思いますが、色々な要素を加味して、結婚してもよいかどうかを判断する。判断しなければいけない。

好きという感情で飯は食っていけないのだから。そうしなければ自分に火の粉が降りかかってしまうのだ。

降りかかるのはザーメンだけで十分ってか?クーッ!!!

いや、クーッじゃなくて。

勿論好きという気持ちだけで結婚し、幸せな家庭を築いている人だって沢山いるだろう。けれど、それ以上の数の人が、様々な観点から相手を推し量り結婚してよいかどうか判断しているのではないだろうか。それが当然であり正しいことだと僕は思う。

自分や愛する我が子が苦労しないためには、残りの人生を夫婦二人三脚で生きていくには(正確にはチンポも換算して四脚ですが)、どうやったってそういった計算をしていくのがベターなのだ。

つまるところ打算的な交際関係。互いに相手のことを総合的に判断しながら、時には妥協しながら、愛を育んでいく。それが大人の恋愛というやつなのだろう。

 

僕はいつの間にか大人になってしまったのだ。いやその辺どうなんだろう。大人になってしまったかどうかはわからない。だって亀甲縛りとかできないし・・・。M性感でペニスバンドを使ってアナルを攻められたりとかされたことないし・・・。しかし、いい加減大人にならなければいけないのは確かだ。

もう子どもの時のように、本能にのみ従って直感だとか運命を感じたからと言った理由で人を好きになることはできない。仮に僕ができても、きっと相手がそれを許さない。

好きという気持ちだけで世界を変えることはできない。

小説のような、アニメのような恋はもうできない。

結婚できるかできないかは大きな問題ではない。肝心なのは大人になってしまった僕にはもう甘酸っぱい恋愛をすることはできないということだ。

そうか、僕は青春っていうやつを謳歌することができなかったけど、それでもいつか、いつかできると思っていた。けど、それももう叶わない話なのだ・・・。と、ようやく気づいた。正直この事実には一生気づかないふりをしていたかった。

 

僕はまだこの現実を受け止めることができずにいる。そうして深夜に流されている、まるで僕のような人間を慰めるかのように、いや、憐れな僕にせめてもと青春を擬似体験をさせるために作られたような、三ヶ月おきに変わりゆくアニメをただ毎日延々と眺めて、どうすることもできなくなった空っぽの心の中を何かで埋めようともがくだけの日々が繰り返されている。

そういうものなのだから仕方ないとわかっていても、憂鬱な気持ちが僕の心のなかにいつまでも渦巻いている。

 

一度でいいから甘酸っぱい恋だとか、直感で相手を好きになり、相手も僕のことを好きになってくれる、そんな体験を、青春をしたかったな…という気持ちをどう処分することもできず、僕は今日も同級生とセックスするエロ漫画で、はたまた隣に住んでる年齢が一個上のお姉さんとセックスをするエロ漫画で、チンポをしごく。

床に落ちた精液を含んだティッシュ。今はそれがただただ虚しい。